Profile

誰が一体このページまで辿り着いてわざわざ見てくれるか予想不可、というか多分、ほとんど誰も来ないと思いつつ、その稀有な人のために、簡単に自分についての記録を残しておきたいと思う。

生まれも育ちも広島、だけれど、広島弁を使うことはほぼ皆無。

大学は神戸の方で法律学部に入ったは良いけれど、第二外国語で始めた中国語に魅了され、結局、そちらに力を注ぎ、挙句の果てに、大学卒業と同時に北京の精華大学へ留学。

今から中国留学(他の国もかも)に行く人は、できるだけネームバリューのある学校に留学に行くことを勧めたい。

なぜなら、今は私も中国等とかかわる仕事をしているけれど、「清華大学出身です」と中国籍の人に話すと、私を見る目が変わることが多いのを目の当たりにしているから。

実際には本科生でもなく1年の漢語研修生だし、難関試験を受けて入学するわけではないので、そこまで難易度は高くないけれど、いけるならそういう大学に行った方が良いと思う。

もちろん大前提として、しっかり勉強してそれをある程度はモノにしておく必要があるけれど。

そうじゃないと、「え?清華行ってたのに、そのレベル?」などとかえって逆効果を与えることになるかもしれない。

閑話休題。

そんな留学中にある出来事があり、日本語教師を目指そうと思い、留学後は大阪でアパートを借り、日本語教師になるための420時間講習を修了した。

修了後は運良く中国の大連にある学校に採用され、日本語教師という夢を実現させた。

そのすぐ3か月後くらいに、突然、瀋陽に学校立ち上げるからその代表者として赴任してほしい、とその赴任日の1週間前くらいに話し受け、右も左も分からないまま、瀋陽へ。

当時、そこまでインターネットも普及しておらず、瀋陽がどんなところかもあまり分からず、出発の日の汽車に乗る前には、別れを惜しむ生徒たちから、そんな薄着で大丈夫?と聞かれて、別にそんなに変わらないでしょ、と思いながら数時間汽車に揺られて瀋陽に到着したが、すぐに生徒の心配の意味が分かった。

その日は数年ぶりの寒波だったらしく、到着時の気温はマイナス25度。

出迎えてくれたスタッフに「先生、そんな恰好で凄いですね!」と言われ、「違う、そうじゃない」とあったばかりのスタッフに言いたいのをこらえ、とりあえずすぐにでも住居に連れて行ってくれ、といった思い出が今でもすぐに思い起こされる。

当時は晴れて日本語教師になれたことが嬉しく給与などは気にしていなかった。

しかし今思えばよく1500元(25,000円)でよく何年も働いたな、と思う。

さすがに理想と現実を考えるようになり、転職することにした。

韓国資本のIT会社で当初はよく分からなかったけれど、待遇が日本語教師の5倍くらいで、運良く入社できたが、後々になって韓国大手のIT企業ということを知った。

韓国ではNAVERという検索サービスなどを提供しており、当時はGoogleなどは足元にも及ばないほど、韓国で最大利用者数のある最大手だった。

最終的には韓国本社でも1年仕事をさせてもらったが、周りはソウル大や大学院や海外帰国組や、要は相当の頭脳集団で、そんな中で一緒に仕事が出来たのは本当にありがたい機会だった。

その後、諸事情もあり日本に戻り、今は外国人とかかわる仕事をしている、という状況である。

私はインドア派だけれど、それでも、色々なところに行ったことがある。

基本的には仕事や用事があって、のことだけれど。

中国では上海や青島に仕事で、武漢には旅行。

韓国では済州島や明洞は旅行で、仕事場はソヒョン。

インドネシアは親族の結婚式で。

ベトナム・モンゴルは出張で。

マレーシア・台湾はイミグレーションで。

国内では仕事や旅行を含めて北から福島、東京、千葉、静岡、長野、愛知、京都、奈良、和歌山、中国5県、四国4県、九州7県、沖縄。

行きたいな、と思っているところは香港、シンガポール、台湾、オーストラリア、カナダ。

いつか色んなことから解放されて余裕が出来たら行ってみたい。

趣味は散歩、ギター、カメラ、ドライブ、中国語。

嗜好品は紅茶、お茶、ウイスキー。

特に面白みのない生活をし、面白みのない性格だけれど、人との付き合い方についてはバランス感覚がある方だと自負している。

万一、何かあればarugo108@hotmail.co.jpへご連絡を。